宇宙を支配する見えない物質の難問:ダークマター『コア・カスプ問題』とは
宇宙の支配者、見えないダークマター
宇宙の約85%を占めると考えられている「ダークマター」。その存在は、銀河の回転速度や銀河団の振る舞い、宇宙の大規模構造の形成といった、目に見える物質(恒星や銀河など)だけでは説明できない重力効果から推測されています。私たちはダークマターを直接見ることはできませんが、その重力の影響を通して、宇宙全体に張り巡らされた見えない骨組みのようなものとして理解しています。
現在の宇宙論の標準モデルである「ΛCDMモデル」では、ダークマターは非常にゆっくりと運動する(冷たい)粒子であると仮定されており、初期宇宙のわずかな密度のムラからどのように構造が形成されていったかをシミュレーションすることができます。このシミュレーションは、宇宙の大規模構造や、比較的大きな銀河の形成過程をよく説明することに成功しています。
標準モデルが直面する課題:『コア・カスプ問題』
しかし、この標準的な「冷たいダークマター」のシナリオが、一部の観測結果と合わないケースがあることが分かってきました。その代表的なものが「コア・カスプ問題」と呼ばれる謎です。
ΛCDMモデルに基づいたシミュレーションでは、ダークマターは重力によって中心に向かって強く引きつけられ、銀河の中心部で密度が急激に高まる「カスプ」と呼ばれる構造を形成すると予測されています。カスプとは、山の頂のように中心に向かって尖った(密度が高くなる)構造を指します。
ところが、特に「矮小銀河」と呼ばれる小さな銀河の観測を行うと、その中心部でのダークマターの分布が、予測されるようなカスプ構造になっておらず、比較的密度が平坦な「コア」構造になっているように見える場合があるのです。コアとは、お皿の底のように中心部で密度があまり変化しない、平坦な構造を指します。
この「カスプ」と「コア」の不一致が、コア・カスプ問題です。これは、標準的な冷たいダークマターモデルが予測するダークマターの振る舞いと、実際の宇宙で観測される矮小銀河におけるダークマターの分布が一致しないことを意味します。
なぜ矮小銀河で問題が顕著なのか?
コア・カスプ問題が特に矮小銀河で議論されることが多いのは、大きな銀河に比べて矮小銀河は目に見える物質(恒星やガス)の量が少なく、ダークマターの重力的な影響がより支配的であるためです。また、大きな銀河では、目に見える物質の複雑な物理過程(超新星爆発によるガスの吹き出しなど)が中心部のダークマター分布を変化させる可能性があり、純粋なダークマターの性質を捉えにくいという側面もあります。そのため、ダークマターの性質そのものに迫るには、矮小銀河が格好の観測対象となるのです。
謎を解く鍵はダークマターの性質か、それとも?
このコア・カスプ問題を解決するために、いくつかの可能性が考えられています。
一つは、ダークマター粒子が標準モデルで仮定されている「冷たい」性質とはわずかに異なり、ごく弱いながらも粒子同士が相互作用する「自己相互作用ダークマター」である可能性です。もしダークマター粒子同士が衝突・散乱する性質を持つとすれば、シミュレーションでは中心部のカスプ構造が「かき混ぜられ」、密度が平坦なコア構造が形成されうるという結果が示されています。
他にも、ダークマターが完全に冷たいのではなく、わずかに熱的な運動をする「ウォーム・ダークマター」である可能性や、複数の種類のダークマターが存在する可能性なども研究されています。
また、問題の原因がダークマターの性質ではなく、宇宙論的シミュレーションの解像度や、矮小銀河における目に見える物質の物理過程(星形成によるフィードバックなど)の取り扱いが不十分であるためだ、という可能性も排除できません。あるいは、矮小銀河のダークマター分布の観測方法に不確実性がある、という見方もあります。
コア・カスプ問題が拓く未来
コア・カスプ問題は、約40年にわたり議論されてきた宇宙論における重要な未解決問題の一つです。この問題の解決は、単に銀河の形を理解するだけでなく、ダークマターがどのような粒子でできているのか、その正体を探る上で極めて重要な手がかりとなります。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のような最新の観測装置による、遠方の矮小銀河のより詳細な観測や、計算能力の向上によるより精密なシミュレーション、そして新しい理論的研究によって、この見えない物質の難問に迫る研究が進められています。
コア・カスプ問題の謎が解き明かされたとき、私たちは宇宙の支配者であるダークマターの本当の姿に一歩近づくことになるでしょう。それは、宇宙の成り立ちに関する私たちの理解を根底から覆す発見に繋がる可能性も秘めているのです。