深淵なる宇宙へ

EUCLID衛星が描く宇宙地図:ダークエネルギーと大規模構造の謎に迫る

Tags: EUCLID衛星, ダークエネルギー, 宇宙構造, 宇宙論, 宇宙観測ミッション

宇宙の加速膨張とEUCLID衛星の使命

私たちの宇宙は、およそ138億年前に誕生して以来、膨張を続けていることが知られています。そして驚くべきことに、その膨張は現在、加速していることが観測によって明らかになっています。この宇宙の加速膨張を引き起こしていると考えられているのが、「ダークエネルギー」と呼ばれる未知の何かです。宇宙全体に存在するエネルギーのうち、その正体が分かっている普通の物質(原子など)はわずか約5%に過ぎません。残りの約95%は、まだ正体の掴めないダークマター(約27%)と、このダークエネルギー(約68%)が占めていると推定されています。

ダークエネルギーは宇宙の膨張を加速させる「負の圧力」を持つとされていますが、その性質や正体については多くの謎が残されています。時間とともにその密度は変化するのでしょうか? それとも宇宙定数のように一定なのでしょうか? これらの問いに答えるために、欧州宇宙機関(ESA)が主導する宇宙望遠鏡ミッション「EUCLID(ユークリッド)」が打ち上げられ、観測を開始しました。

EUCLID衛星の主な使命は、宇宙の加速膨張の歴史を詳しく調べ、ダークエネルギーの性質を明らかにすることです。同時に、宇宙の構造がどのように進化してきたかを精密に観測することで、ダークマターの分布やその役割についても新たな知見をもたらすことが期待されています。

EUCLIDが見る宇宙の大規模構造

EUCLID衛星は、広範囲の宇宙を観測し、「宇宙の大規模構造」と呼ばれる銀河や銀河団が網の目のように連なった巨大な構造を詳細に写し出すことを目指しています。宇宙の大規模構造は、宇宙誕生初期のわずかな密度のムラが、主にダークマターの重力によって成長し、その中に普通の物質が集まって銀河などが形成されたと考えられています。

EUCLIDは、遠方の銀河を約100億年前に遡って観測します。光は有限の速度で伝わるため、遠くを見れば見るほど、宇宙の過去の姿を見ることになります。これにより、宇宙の構造が時間と共にどのように変化してきたかを追跡することができます。これは、まるで宇宙の成長アルバムをページをめくるように見ていくようなものです。

具体的には、EUCLIDは主に二つの観測手法を用います。一つは、銀河の形がどのように歪んで見えるかを調べる「弱重力レンズ効果」の観測です。光は、その通り道にある重力によって曲げられます。特に、目には見えないダークマターの塊のような場所を通ると、背景の銀河の形がわずかに歪んで見えます。この歪みを詳細に解析することで、ダークマターが宇宙空間にどのように分布しているかを「間接的に」知ることができるのです。これは、透明なガラス越しに遠くの景色が歪んで見える現象に似ていますが、その原因が「ダークマターの重力」である点が異なります。

もう一つは、銀河の空間的な分布を調べる「バリオン音響振動(BAO)」の観測です。宇宙誕生初期には、物質の密度にわずかな周期的なムラがありました。このムラは、宇宙が膨張するにつれて引き伸ばされ、特定のスケールに銀河が集まりやすい傾向として現れます。この「目盛り」のような構造の大きさを精密に測定することで、宇宙の膨張が過去にどのような速度で進んできたかを高い精度で知ることができます。これは、物差しを使って遠くのものの大きさを測るように、宇宙膨張の「速度計」として機能します。

ダークな宇宙の謎にどう迫るのか

EUCLID衛星による弱重力レンズとバリオン音響振動の精密な観測データは、ダークエネルギーの性質に迫る強力な手がかりとなります。

もしダークエネルギーが宇宙定数のように一定であれば、宇宙膨張の加速の仕方はある特定のパターンに従います。しかし、もしダークエネルギーの密度が時間と共に変化するのであれば、その膨張パターンは異なってくるはずです。EUCLIDが描く広大な宇宙地図と、そこから得られるダークマターの分布や宇宙構造の進化の歴史は、この膨張パターンの違いを敏感に捉えることができるのです。

また、ダークマターについても、その空間的な分布や、宇宙構造形成における役割をより詳しく調べることができます。標準的な宇宙モデルでは、ダークマターは重力以外の力ではほとんど相互作用しない冷たい粒子であると仮定されていますが、EUCLIDのデータによって、この仮定が正しいのか、あるいは何らかの修正が必要なのかが検証される可能性があります。

さらに、これらの観測結果を、他の観測ミッション(例えば、宇宙マイクロ波背景放射を観測したプランク衛星や、Ia型超新星を観測する様々なプロジェクトなど)から得られたデータと組み合わせることで、宇宙全体のモデルをより正確に構築することができます。これにより、「ハッブルテンション」(異なる観測手法で得られる現在の宇宙膨張速度の値にずれがある問題)のような、現在の宇宙論が抱える未解決の問題の解決にも繋がるかもしれません。

今後の展望

EUCLID衛星は現在、本格的な観測を開始しており、今後6年間にわたって観測を続ける予定です。その膨大な観測データが解析されるにつれて、ダークエネルギーとダークマター、そして宇宙の大規模構造に関する私たちの理解は大きく前進することが期待されています。

EUCLIDが描く宇宙地図は、私たちが住む宇宙の最も大きな構造と、それを支配する見えない力の姿をかつてない精度で明らかにするでしょう。それは、宇宙の約95%を占める「ダークな宇宙」の謎に迫る新たな扉を開くことになります。宇宙の歴史を遡るこの壮大な探査は、私たちが宇宙をどう理解するのか、そして私たちの宇宙は最終的にどうなるのかという根源的な問いに、新たな光を投げかけることになるでしょう。