ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた初期宇宙の『あり得ない』構造:ダークマターと原始ブラックホールが描く新たなシナリオ
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が見せる驚異の初期宇宙
宇宙が誕生してからわずか数億年後の「初期宇宙」は、遠すぎてこれまで詳細に観測することが非常に難しい領域でした。しかし、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が登場したことで、その状況は一変しました。JWSTは赤外線で宇宙を観測できるため、遠方の天体から放たれた、宇宙膨張によって波長が引き伸ばされた光を捉えることができるのです。
JWSTが初期宇宙を覗き見ると、科学者たちは予想外の光景に驚愕しています。そこには、標準的な宇宙論の予測よりもはるかに早く、そして大きく成長した銀河や、それらが集まった巨大な構造が次々と見つかっているのです。宇宙誕生から数億年という時間は、構造が大きく成長するには短すぎると考えられていたため、これらの発見は現在の宇宙論の理解に疑問を投げかけています。一体なぜ、初期宇宙にこれほどまでに発達した構造が存在するのでしょうか?この謎の解明が、宇宙の三大未解明現象、特にダークマターとブラックホールの性質に新たな光を当てる可能性が議論されています。
標準宇宙モデルにおける構造形成の考え方
現在の標準的な宇宙論モデル(ラムダCDMモデルと呼ばれます)では、宇宙の構造(銀河や銀河団など)は、主にダークマターの重力によって形成されたと考えられています。宇宙誕生直後のわずかな密度のムラ(密度ゆらぎ)が、時間とともにダークマターの重力によって増幅され、密度の高い領域にガスが集まって星が生まれ、銀河が誕生するというシナリオです。ダークマターは自らは光を放たず、他の物質ともほとんど相互作用しませんが、その重力だけが構造形成の「種」として働くのです。
しかし、標準モデルに基づいて計算すると、宇宙がまだ若かった数億年後には、形成されうる構造のサイズや質量には限界があるはずです。時間が経つにつれて構造は成長しますが、JWSTが見つけたような、すでに多くの星を持ち、活発に活動しているような巨大銀河や構造が、宇宙年齢が今の約30分の1程度しかなかった時期に存在することは、この標準的な成長スピードの考え方と合わないように見えます。
ダークマターの性質再考の可能性
この「あり得ない」構造を説明するために、まず考えられるのが、構造形成の主役であるダークマターの性質が、標準モデルで仮定されている「冷たいダークマター(CDM)」とは少し異なる可能性です。
CDMモデルでは、ダークマター粒子はほとんど動かず、互いに相互作用しないと仮定されています。しかし、もしダークマターがわずかにでも相互作用したり、完全に冷たくはなくある程度の速度を持っていたりする場合(温かいダークマターなど)、初期の構造形成のプロセスが変わってくる可能性があります。例えば、特定のスケールで密度ゆらぎの成長を促進するような性質を持つダークマターであれば、観測されるような早く成長した構造を作り出せるかもしれません。JWSTの観測は、ダークマターの標準モデルからのわずかな逸脱を示す最初の兆候である可能性が議論されています。
原始ブラックホールという新たな「種」の候補
もう一つの興味深い可能性は、「原始ブラックホール」の存在です。通常のブラックホールは、 massive な星が一生の最後に重力崩壊して生まれると考えられています。しかし、宇宙が誕生して間もない、まだ星が存在しない時期に、宇宙全体の物質が高密度だった状況から直接ブラックホールが形成されたという理論があります。これが原始ブラックホールです。
原始ブラックホールは、星を経由せずに誕生するため、宇宙年齢が非常に若い時期から存在し得ます。もし宇宙の初期に原始ブラックホールが多数存在していたとしたら、それらが通常のダークマターの密度ゆらぎよりもはるかに強力な重力源となり、周囲のガスを効率的に引き寄せて構造形成を加速させた可能性があります。つまり、原始ブラックホールが、初期宇宙の巨大構造を形成する「種」として機能したというシナリオです。
さらに、興味深いことに、適切な質量の原始ブラックホールは、宇宙に満ちている「見えない物質」であるダークマターの一部、あるいは全てを説明する候補としても考えられています。もしJWSTが見つけた構造が原始ブラックホールによって形成されたものであれば、それは同時に、宇宙のダークマターの一部が原始ブラックホールであるという強力な証拠になるかもしれません。
今後の展望
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、これまで想像もできなかった初期宇宙の姿を私たちに見せ始めています。そこで見つかる予測外の構造は、標準的な宇宙論モデル、特にダークマターによる構造形成の理解に挑戦を突きつけています。
これらの謎を解き明かす鍵は、ダークマターの正確な性質を特定すること、そして原始ブラックホールが存在するかどうかを確認することにあります。今後のJWSTによる更なる詳細な観測や、ダークマターの直接検出実験、そして重力波観測など、様々な手段を用いた探査が進むことで、初期宇宙の巨大構造の起源が明らかになり、それは同時に、宇宙の主役であるダークマターやブラックホールといった未解明現象の正体に迫る手がかりとなるでしょう。深遠な宇宙の謎は、まさに今、新しい扉を開けようとしています。